「良い人間関係を気づく」とか言ったりしますが、「よい人間関係」ってのはどんな人間関係なんでしょうか。
今日は、僕の親友の言葉を聞いて、
「やはりこれこそが良い人間関係だ」ということを改めて実感したのでシェアします!
ただ褒め合うだけの関係は本当に良い関係と言える?
お互いに励まし合あったり、褒め合ったりできる親友・恋人を持つことが大事というのは、確かにその通りだと思います。
実際、自分のことを肯定してくれる人が身近にいるだけで、大きく人生が変わると思います。
ただ、
それだけの関係が必ずしも一番良い関係性だとは僕は(少なくとも現時点では)思いません。
本当に良い関係とは、互いを励まし合ったり肯定しあったりできるだけじゃなくて、
言うべきところはしっかり指摘できるような関係性だと思います。
その最たる例としては、
将来起業して成功したいという親友(大学生)がいたとして、その親友があまり将来のことを具体的に考えず、若干生活が怠けてきていたとします。
そこであなたは「大丈夫かな。もしかしたらこのままいくと○○(親友)は、大きな夢をただ見るだけでそのまま人生を終えてしまうんじゃないだろうか」と思っています。
この場合、明らかにしっかり指摘してあげた方が良いと思いませんか?
もしも言わなかったら本当にその親友は夢をかなえられず口先だけのビッグマウスのままの人生になってしまうかもしれません。
逆に、心を鬼にしてちょっと指摘してあげるだけで、その瞬間がターニングポイントになって人生が好転していくかもしれない。
覚悟を決めて小さな指摘をしてあげるだけで、一人の人間の人生を好転させ得る。
てなわけで、僕はやはり言うべきところはしっかり指摘しあえる仲の方が良いと思います。
それに本当に仲が良いならちょっとやそっと指摘したくらいじゃ関係が悪くなるなんてことは無いですし、
そんなことで関係性が悪くなるようなもろい関係性は果たして良い仲と言えるのかは怪しいです。
僕的にはやっぱり浅い関係の友達が1000人いるよりも、
一人でもいいからそういう何でも言い合えるしお互いを肯定しあったり励まし合ったり鼓舞しあったりできるような友達が一人でもいればその方が何倍も良いと思います。
いわゆるQOL(クオリティー・オブ・ライフ)的に考えても、どちらの方が人生が豊かなのかは明らかな気がします。
ズバッと「それはダメだよ」と言うのは反発心を生むだけで良くないし、関係悪化にもなりかねないので、
「個人的に○○は、~ができてすごいと思ってて。でも・・・に関してだけはちょっと良くない気がするから直した方が良い気がする。
なんかちょっと説教臭くなっちゃったけど、もしここでやらなかったとしたら、○○のためにならにならないなと思ったからさ。」
みたいな感じで、相手の良い所を認めてあげたりしたうえで指摘した方が届きやすいです。
僕自身の経験談
実はさっきの例は、僕の実際の経験をちょっとアレンジしたものです。
僕には小学生の頃からずっと関係が続いている10年以上の親友がいます。
小学校中学年で仲が良くなって、高学年ではクラスが分かれてしばらく疎遠だったんですが、
中学で同じ部活になって、それから今の今まで続いています。
何でも話せるし、もはや僕の家族に簿言えないようなことも彼になら言えます。
悪い所はちゃんと指摘してくれるし、僕の良い所はしっかり肯定してくれます。
将来はこういう女性と結婚したいと思えるくらいに良い親友です。
で!
僕らは大学生の終盤戦なので最近はずっとLINEで自分たちの将来について相談しあってるんです。
その会話の中でこんなようなことを言ってくれました。
「前に『将来について今のうちにもう少しちゃんと考えた方が良い』って言ってくれた良い意味での説教が、
実は自分の中ではかなり重く受け止めてて、あれから半年ずっと考えてきた。
そのおかげでついに将来やりたいことの結論が見えてきた。
これはまだ家族にも話してない。」
伝わるようにちょっと文章変えてますがこんな感じのことをついさっき言ってくれました。
僕はこのLINEを読んだとき確信しました。
やっぱり真に良い関係性とは、しっかり指摘しあうこともできる関係性なんだなと。
それと同時に、「あぁ、あの時説教まがいになってでも助言しておいて本当に良かった」って思いました。
まとめ
今日も今日とて、ごちゃごちゃと話のまとまりが付きませんでしたのでまとめます。
本当に良い関係とは、
互いを励まし合ったり肯定しあったりできるだけじゃなくて、
言うべきところはしっかり指摘しあえる関係!
そういう信頼できる人が一人いるだけで人生の幸福度が格段に高まる!