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人間は意外と大して何も見えていないし聞いていない

人間は見ているようでいて、全然見ていないし、

聴いているようでいて、全然聞いていないということを話します。

あ、ネガティブな意味で言ってるわけじゃないです。

 

スコトーマの存在に気づく

ちょうど他のブログに記事を投稿し終わったときに、ふとぼーっとしたんですよね。

そしたら、無音だと思っていたけどよくよく聞いてみたら風の音が聞こえてきたんです。

「ぼーー」みたいな「うぉーー」みたいな音です。

 

あ~、そういえばそうだったたなと思いました。

人間は見ているつもりでも見てないし、聞いてるつもりで聞けてないんだ、と。

心理学ではこれをスコトーマとか心理的盲点って言います。

 

心理的盲点の例としてよく引き合いに出されるのは「あなたはあなたの使ってる時計のデザインを覚えていますか?」ってやつですね。

大抵の人はちゃんと思い出せません。

なぜなら、時計は時間を見るためのものであって、デザイン自体はあまり意味がないから脳が自動的に排除してるんですね。

 

で、さっきの質問の後に「あ、ちなみに今何時何分でした?」

と聞くと、これまた答えられないんですね。

なぜなら今度はデザインを見ようとしたのであって、時間に意味はないからです。

 

なかなか面白いですよね。

見てるつもりでいても見えてないことがたくさんある。

こう言うと一見悪いもののようにも見えます。

 

でも、僕は悪いことだとは思いません。むしろ良いことだと思います。

理由としては、

  1. 情報が多すぎると脳がパンクしてしまうっていう科学的な理由もありますし、
  2. 見ようと思えばいくらでも気づきがあるともいえる

って感じです。

心理的盲点を生活の中で応用

「見ようと思えばいくらでも気づきがある」

ということから生活を豊かにする発想が出てきます。

 

見ているようで見えてないことが多いということは、見方を変えてみるといくらでも「気づき」が転がっているということです。

でもって、「気づき」というのは精神の成長の種とか、精神の成長の起爆剤みたいなものです。

なので、

  • 「自分はまだ大して自分の良い所に気づくことができていない」とか、
  • 「自分はまだこの人の良い所に気づけていないだけだ」

とかみたいに考えることができるようになります。

 

例えば、自分はクソだと自己嫌悪に陥ってしまったときにも、

「自分はまだ大して自分のいい所にまだ気づけていないだけ」という風に考えてそこから自分の中の良いとこ探しに発展できますし。

 

他にも例えば、誰かしらの相手に対してむかついてカチンと来た時にも、

「この人はうざいけど、自分はまだこの人の良い所に気づけていないだけ」と考えて、相手のいいとこ探しができます。

さらに、見つけた良い所を相手にしっかり伝えてあげるだけで、相手の方まで幸福度が高まりますよね。

 

 

という風に、ポジティブを普段から探す習慣がつくので、普通の人以上にポジティブなものの見方をできるようになります。

例えば普通ならポジティブ要素がないような所にも、ポジティブを見出すことができるようになります。

そうなると、幸福度が上がっていくと思います。

まとめ

だらだらと話してしまったのでまとめます。

  • 人間は、見ているようで見えてないことが多い
    →なので、「当たり前」の中にも実は発見がある
  • 良い所がまだ見えていないんだと考えることで、ポジティブな見方が広がる

 

よかったら、<「ネガティブを治したい」その発想のままではお先真っ暗かもしれません>も読んでみてください!

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では、また!

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